神 崎 紫 峰 #1
Shiho
神崎紫峰は伝統的な信楽焼の陶工で、このホームページを作成しました。ようこそ!!このホームページへ。

神崎紫峰


全作品、穴窯で焼成した自然釉です。

神崎紫峰の一言

「陶工辞めますか?」「陶工辞めますか?」
この声は私を責めたてた。

もの中心の現代にあって私たちは、経済的にも物質的にも満足しているかもしれない。だがそれのみを追い求めていると、自分自信の存在価値さえなくなってしまう。自己否定か自己肯定か。その声が先の声だった。

陶芸の世界でも、媚びたものや新奇をてらった物、技巧のみの物が蔓延している。あってはならないはずの計量の世界になっている。
それは目先の計量の世界、利害打算のうちに生活しているからだ。このような生活の中では、自分を害し、他を害することになる。明治維新以来の西洋文明への傾倒は、それなりの評価は出来る。だが、西洋に追い付け追い越せのかけ声にのって、我々は一番大事なものを忘れ去ってしまったようだ。

私は戦後の混乱の中で育ち、教育を受けた。わが国が、戦争の後始末を終え飛躍に向かっていた昭和40年、私は社会人になった。世の中は、経済的物質的に豊かになっていった。そのころ私は、陶工を志した。
多くの人が、物豊かさを謳歌していたころ、私はその日の食費にも困る生活をしていた。ランプ生活に別れを告げ、陶房に電気がついたのは昭和51年だった。
このような生活の中で、私から去っていく人もいた、が、助けてくれる人もいた。現象だけを見れば、前者は私にとって都合が悪く、後者はありがたい。だが、前者無くして後者無く、後者無くして前者無い。この両者は一つであると解ったとき、現象世界でのあらゆる対立は、本来一つのものであることが実感できた。私は、拙著「炎の声 土の声」(日本教文社刊)でも本書でも、人との出会いを書いている。私が、いまこうして陶器を創ることができるのは、多くの人との出会いがあったからだ。私は、人との出会いによって今日まで生かされている。それだけではない。私には父母がある。そして信楽という陶器の町に生まれた。妻子に恵まれ、仏縁もあった。まだまだ過去に遡ったり、横に広がったり。まさに不可思議。それを実感したとき、自分で生きてきたという思い上がりは霧散した。

私は人との出会いによって生かされ、量り知れない大宇宙の”おかげ”に生かされている。いきつくところは無量そのもの、生命の根源。この生命の根源に帰依し合掌し、それに感謝、報恩の生活をする。自分の道はこの他にない。
自分を生かすことは、とりもなおさず他を生かす。すべてを生かしきった中に私の作品が誕生する。私の仕事が成就する。人にはその人にしかできない仕事があり、それが成就すると同じように、私にしかできない作品が生まれる。
計量の世界と無量の世界。つまり目先の計量に右往左往するか、それとも、自分が自分になって本来の自由を謳歌するか。私は後者を選びたい、努力したい。

「陶工辞めますか?」の声は、ついに聞こえなくなった。

本文は拙著「炎の縁 人の縁」(日本教文社刊)(日本図書館協会、日本学校図書館教議会選定図書) の序文からの転載です。


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神崎紫峰