この記事をここに掲載するに付、アート・アンド・パーセプション社とレーマン氏の承諾を得ています。

神崎紫峰:

生き方にこそ

著者:ディック・レーマン

翻訳:松川千明・神崎紫峰共訳

過去数年間に渡り私は友人で陶工の神崎紫峰とEメールでの会話を楽しんでいる。神崎は 日本の信楽に住んでいる。彼は信楽の伝統に則って作品を創っている、彼の作品の創造と窯焚には 長年培われてきたその伝統的手法を用いているのだ。時の経過にしたがって,我々の会話は我々が 最も重要なものとしているテーマ,生き方や芸術の方向にどんどん知らぬ間になっていた。 彼の許可を得て,ここに、私が最も刺激を受けた我々の会話で神崎が述べたことの抜粋を公表する ことにする。
神崎紫峰は生活,生き方それに作陶についての彼の哲学を述べている。

全てに先立って,作陶とこの世で満足に生きる方法についての私の基本的な考えを概説しておき たい。私は,人の心と思考がその人の作品を創ると信じている。作陶と生き方には密接な関係 がある。一見この二つは無関係なようだが,この二つの関係は重要だと思っている。
生き方の乱れた態度はよこしまな心、あるいは、心のない作品を作ることにつながりうる。 だが,その反対もまた真だ:ある陶芸作品を見るとき、感情の高ぶりを感じ、作品が 我々の心を打つ時がある。今私は,その作品がただ単に、形の美しさ,卓越した技能、 表面の美しさの故だけで、作品に対して感応するのではない、と信じている。これらの陶芸作品は 心,魂それに陶工の個人的な生きてきた道を保つている。これが、我々がこれらの陶芸作品に感銘 を受ける所以だろう。その良い形、デザインそれに色の中にだけ陶芸作品の美が存在するなら, その作品の我々への影響は年月の経過と共に萎えていくものと思う。だが、もし陶工の精神,心、 魂がその作品に内在しているなら、これら陶芸作品は何年にも渡り我々の心と魂に触れることができる。

陶器の芸術性は技術や技能だけに見られるべきでない。我々は技術を超えねばならない。そして、 技術を超え広げようとしているものこそが本来の陶工となれる:彼らの心,思考そして宗教に中 に生きている。彼らは既に自我を捨て去り、自由に生きているのだから。彼らは生き方に従って 行動しているのだ。結果として,彼らの作品には強さがあり、生命が躍動している。
我々が目的をもった生き方で生きることは大事なことだ。我々の精神,思考、心は ---我々の全ての部分---この目的意識で生活している時絶えず変化しているのだ。 我々が生き方として知っている最高の生き方をしようと努めてさえいれば,その時その作品は作家 そのものとなる…その陶工は自分の作品そのものになれる。我々のまさにその瞬間が陶芸作品と なるのだ。

<私は神崎紫峰に、彼が良い作品に求めているものは何なのか応えてくれるように尋ねた。 最高の陶芸作品の特質についてどう考えますか?>

優しい心をもち、感動と生き方を表し,強烈な印象を与える陶芸作品---これらは本当の陶芸作品だ。 このような感じは陶工の心から出てくるものだ。これらの作品が力んでないのは全く自然なことだ。 たとえば、陶工が喝采を得ようとしたり他人の言葉を受け入れようと素敵で素晴らしい作品を作ろう とすればそれは理解しやすいことだろう。欲望に満ちた陶工は、作品に度の過ぎた装飾を施し、 彼らの動機を表現しがちだ。この過剰さはその壺の真の心を覆い隠している…ただ陶工の欲望を 暴露しているに過ぎない。
良い作品を創るために、私は、欲望から自分自身を解放する努力をすべきだと言うことがわかった。 私は、もし誰かが彼らの欲望を捨てたなら、かれらの真の心が伝わるだろうし,その作品そのものが 心を表すだろう、と信じている。私にとって,それこそ、作品が真の作品になる点なのだ。
要するによい陶芸作品の特質とはこうである:技術一辺倒から踏み出した陶工 の造るもの。素朴で自然な作品。欲を捨てた陶工。「歓び」、強さ、生き方を 表した作品。我々が美しいと感じるのはそのような作品だ。実際、そのこと を考えると、そのような作品の美しさは「永遠に続く」と思う。

<感動するのはどのような種類の陶芸作品ですか? 琴線に触れたのはどの作 品ですか? 他の器よりもある器により感動するのはどうしてだと思いますか ?>

信楽、伊賀、備前、丹波、常滑のような、自然釉の作品が好きだ。特にこれら の古陶には感動する。ご存じの通り、我々の祖先の多くは農民で、余暇に日用 の器を造っていた。丈夫で便利な器を、限られた時間内にできるだけ数多く造 ることが彼らの目的だった。色や形といった美しさは、大して頭になかったの ではないか。だが彼らが美しさには無関心だった(多分)にもかかわらず、自 然釉の豊かなそれらの器は、私には美しい。 祖先たちの器は穴窯で焼いたものだ。もちろん穴窯では器の焼き上がりは誰に も予想できない。器の周囲の環境が結果を決める。そして灰は炎の影響を受け て自然に積もってゆく。自然が器を造ると言ってもよい。そのような自然釉の 器に私は他の何よりも心を惹かれる。 <自分の作品が成功かどうかをどのように判断するのか、神崎に尋ねてみ た。> 作品を見定める簡単な方法がある・・・成功か、そうでないかだけだ。成形し 立ての作品は、ちょうど自然釉がたっぷりかかったときのように湿って、光っ ている。この輝きが、作品に対する我々の反応に影響すると思う。実際以上に 大きく、良く見えてしまうのだ。我々は器の表面の色、釉、形、装飾といった 「化粧」を見て、のぼせ上がってしまいがちだ。だが作品を見定める場合、私 は、乾いた素地の状態で見る。本当の美しさは素地に出るものだ。「すっぴ ん」の作品を見て、私はそれが成功かどうかを判断する。

<年を経て、あなたの作陶はどのように変化してきましたか? 意識して成長 しようと努めているのですか、それとも窯焚きの際に起こることに対応してい るのですか?>

我々が生きていくうちに思考や精神がどのように変化し、成長してゆくか、そ してそれらがどのように作陶に反映されるかについてはすでにお話しした。し かし同様に窯焚きが作品にどう影響するかもお話ししよう。
気象、季節、気圧その他の条件の違いにより、窯焚きは毎回違うことはご存じ の通りだ。私は温度計やコーンは使ったことがない。使えば、窯焚き中に何か 決断を迫られたとき、それらに頼ってしまいそうな気がして、使わないことに 決めたのだ。その時点で私の注意は窯焚きから窯焚きの道具へと移ってしま う。道具を使わないことを選べば、いやでも炎、煙の色、窯の音、炎や煙の形 だけに集中せざるを得ない。 窯焚きでそのような経験を積めば、忘れることはない。さまざまな現象が理解 できるようになり、それぞれの窯が何を、どのようにすべきかを教えてくれ る。明らかに、この種の窯では経験を積むことが大変重要だ。 もちろん、窯の条件は毎回違う。以前と同じように焚き始めても、窯焚き中に 起こることによって作陶時の意図や決断が変更されたり、付け加わるものが あったりする。ということは、私の作品はすべて、窯焚き時の条件の変化に対 応して、年を経て変化し、成長するということだ。

<単に信楽の伝統に従って作り続けるのではなく、伝統に何かを付加すること はどれほど重要でしょうか>

人生における変化や成熟は我々の作品に直接、強い影響を与えるだろう。換言 すれば、生きてゆき、、精神と心を変えようとすることの直接の結果として、 またそう努力するにつれ、我々の作品は日々変化する。だが信楽焼の長い伝統 と我々の日々の生活にも関連性がある。我々信楽の伝統の中で造る者にとって は、それは陶工として、また人間として、人生で一番大切なことの一つであ る。ご承知のとおり、我々の祖先は彼らの受け継いだ伝統の上に築き続けてき た。長く続く伝統に貢献した。我々がこの伝統を受け継いだ理由は、彼らの伝 統への献身、貢献と結びついている。「信楽の伝統に何か新しいものがあるか ?」との問いかけに対する私の答はノーである。

変化があるとすれば、我々の日常生活の変化からくるものではないかと思う。 そしてそれら変化のある部分は、全く新しいと同時に、現存する伝統とも関連 がある。私は確かに信楽の伝統に従って生きている:伝統的な生活をし、仏に 帰依している。私は祈り、いつも「南無阿弥陀仏」(仏の御心に依り頼みま す)と唱える。そうすることで欲を捨て、心を空にして、仏の生きる場所を自 分の中に作ろうと努める。日々つとめている。そしてこのことは作陶の上で、 また信楽の伝統を展開してゆく上で大切なことである。このことを別の面から 考えれば、いまあるこの存在、日々変わり行く精神と心を持った存在が私自身 だということだ。
私には祖先と、多くの良き友人がある。私は信楽に生まれ、貧乏な頃には、幸 運にも乞食をしたり騙されて金を巻き上げられたこともあった。私とは何者か :私は今、この時において、私固有の過去の産物だ:自分の人生に与えられた 多くの機会や状況をいかに受け止め、考えたかの結果が今の私だ。私の作品 は、私がそれらを造った時点において世界にただひとつのものである。 私は常に信楽の伝統に従った作品を造るのではあるが、私の個性により、それ らはまた、信楽の伝統を展開する。だが非常に大切なのは心の中のことなのだ :哲学と信仰から生まれる思想が我々の仕事(職業や務め)を作り出し、作品 (陶芸や彫刻)を造る。我々は今この時点の生き方の態度しか、器に表現する ことはできない。だから人は、その時点での能力相応の作品しか造り得ないと 言えるだろう。それゆえ我々の能力とは、技術の中のみにあるのでなく思想、 生き方などの中にある。

<私は神崎紫峰に、敬愛する現代作家は誰か、その作品の何が好きなのか、他 の作家よりもその作家に惹きつけられるのはなぜかを問うた>

私が大いに尊敬する陶工が二人いる:師たる松山祐利と加納白鴎である。まだ 自分の穴窯を築く前、日本中の窯業地に多数の陶工を訪ねた。作品もたくさん 見た。心を打たれた作家は二人しかいなかった:松山祐利と加納白鴎である。 信楽に穴窯を築く前の1972年に、初めて松山祐利のもとを訪れた。彼は作品を 見せるのに茅葺き屋根の工房へ私を招き入れた。倉庫から作品を持ってきては 一つ一つ畳の上へ置いた。その瞬間、はたと膝を打った。私は驚愕し、作品は 私の心に強い印象を残した。「これだ。私の長年探し求めていたものは」多く の作品が今、私の目の前にあった。
松山の作品はどれも素朴な形で、彼の日々の生活を反映していた。が、いくつ かの作品には下から上へ、または上から下への鋭い箆(へら)目(木か金属の 道具でつけられたもの)があった。その箆目を見たときは身震いがした。松山 は、作品の表面に箆目を入れたとき、自分は「サムライ」(日本の武士)に なって切ったのだと言った。作品はすべて豊かな自然釉だった。この時点で私 は、この種の自然釉の作品を造る作家は他に見つけられなかった。素朴な形の 作品を通して彼の優しさと人生が伝わってきた。しかし箆目の作品には力が溢 れていた。彼の作品には無作為の造形美を見ることができた。彼の作品に大変 感動したので、自分の見ているものは現実なのか、夢ではないのかと疑ったほ どだった。その後何年にもわたり私は何度も彼の陶房を訪れた。彼は寛大にも 彼の知る全てを私に教えようと言ってくれた。そして1974年、彼の弟子と称す ることを許してくれた。

加納白鴎は禅宗(仏教)の僧侶で、水墨画家(中国の画と書)であり、陶工で ある。彼は私に、彼の茶碗造りの方法を、茶道に関する彼の基本思想を教えて くれた。茶道において、亭主は客の立場になって考え、客もまた亭主の身に思 いを馳せる。仏教(禅)の教えによって亭主と客はお互いの視点を考えるよう 努める。
彼は私を茶室へ招いた。彼は左手には縁にタオルを掛けた金盥、右手には魔法 瓶(通常の茶事では用いられない道具)を持って部屋へ入ってきた。この入室 の仕方は私には奇妙に思われた。しかしたっぷり茶を戴いて、なぜ彼 がこのような姿で現れたかが解った:この状況では金盥も、タオルも、魔法瓶 も正しい道具であった。なぜなら彼は私に13杯茶を点ててくれたからであ る。
茶の湯の道具には、流派ごとに多くの条件や約束事がある。最初、二杯 目、そして三杯目までは、茶碗は美しく、茶事の条件に合っていた。 しかし彼が続けて次々と茶を点て、そのたび違った茶碗を出すにつれ、私の気 持ちは少しずつ変化していった。ある茶碗には高台がなかった:別のものは高 台が非常に小さく、器は安定せずほとんどこぼれそうだった:また別のものは 口が鋸の刃のように尖っていた:あげくの果ては、灰皿として造られたとおぼ しき茶碗まで。
彼は茶を私に出すたび、「この茶碗は良い」とだけ言った。そして彼の茶碗の 選択を少しおかしいと感じ始めたときには、「これは今までのものより良い、 そうではないか?」と言った。また鋸の刃の茶碗と灰皿で茶を出すときには、 「これは最高の茶碗じゃ。そう思わぬか?」と言った。
これ以外は彼は決して何も言わなかった。私は考えに考えた・・・・・・これ ら全てのことを通して彼が私に何を言いたかったのか熟考した。私が考えてい る間中彼は私の目の前に座っていて、一言も話さなかった。
私は何時間も茶碗を見つめていた。それらの茶碗から自由という感覚が感じら れるようになってきた:茶碗はみな、優しい心を見せ、彼の強い精神と繊細な 感受性を表していた。ついに私は、彼に私の気持ちを話そうと決心した。私は 彼に、「私はあなたの茶碗から自由の感覚を得ました。あなたの茶碗は私に、 いつも自由でいなければならないこと、自由な気持ちで茶碗を造らねばならな いことを教えてくれます。茶碗の約束事を考える必要はない。結局、我々も知 るとおり、茶の湯の創始者は、農民が生活雑器として使っていた器を最高の茶 碗だとして選んだのですから」と言った。彼はそうだ、というように一回頷い ただけだった。

これら二人の陶工の作品にはいずれも生き方、精神、思慮深さが表れている。 そしてもちろん彼らの素晴らしい技術は他の者に勝っている。だが技術は作品 の表には出ていない。私はなにか技術を使って作品を新しいものにせねばなら ないとは思わない。彼らの作品が私にそう教えてくれた。そして新しいものだ けが伝統を展開し得ると思う人があるかもしれない。しかし私にはこのように 言える:我々の精神と生き方が我々の作品を造る・・・・・・そしてそれが伝 統を展開するのだ、と。

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ディック・レーマンは陶工・ライターで、米国インディアナ州ゴシェンに住 み、同地に持っている常設スタジオで製作している。

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