現代の信楽焼

 信楽焼は、明治時代以降、火鉢から植木鉢、そして現在、建材(タイルが主)が全生産高の50パーセントを超えるほどになっている。皆さんが信楽を訪れるとまず迎えるのが狸の置物だ。どこの店先にも狸の置物が所狭しと並んでいる。だから、信楽と聞くと狸の置物を連想される方が多い。だが、狸の置物は信楽全生産高の5パーセント有るか無しかだ。それでは、穴窯の生産高はというと、5パーセントに満たない。窯の数を見てもそれは頷ける。トンネル窯、ガス窯、灯油重油窯、電気窯の合計が347基、穴窯はわずかに53基だ。こうして見てくると、信楽焼の主体は産業陶器であり、明治以来その主流は産業陶器だったといえる。

 そのような中にあって、第二次世界大戦後、信楽には二人の忘れてならない作家が登場した。4代目上田直方氏と3代目高橋楽斎氏だ。他にも奥田楽水氏、宇田楽山氏とか壷の名手山本龍山氏も忘れてならない。これらの陶工達は、信楽の産業陶器全盛の時代にも、伝統的な焼物の美を追い求め、信楽に伝統の火を残してくれた。単に、伝統的なものを踏襲しただけでなく、各々独自の美意識をその作品に表わしている。そして、4代目上田直方氏、3代目高橋楽斎氏は県指定の無形文化財に初めて推挙された。現在の県指定の無形文化財は、5代目上田直方氏と、3代目高橋楽斎氏の次男、高橋春斎氏の二人がいる。いずれも、次に述べる日本工芸会の正会員だ。

 日本には現在大きく分けて3つのグループがある。一つは日本工芸会の主催する伝統工芸だ。伝統工芸は、日本の伝統を維持しつつ、用と美を兼ね備えた作品を目指すというのがその趣旨だ。日展、走泥社を主とする現代工芸は、美のみを求め、そこには用の必要性は全く無いとする。そして柳宗悦氏を主唱者とする民芸派は、用に徹し、用のみを求めて作られたものには必然的に美が付いてくるという、各々の主張がある。このように分ける意味と意義が私には不明だが、信楽でも日本の陶芸会の潮流と同じように、伝統工芸作家、現代工芸作家、民芸作家と、各々の分野において作家活動をしているようだ。私はどの分野にも属さず、いわゆる無所属で、個展のみを自分の作品の発表の場としている。

 1990年、信楽陶芸の森が開館した。陶芸の森には、世界の陶芸作品を展示をする陶芸館と、主として現代の信楽の産業陶器を展示する信楽産業館、内外の陶芸作家や陶芸家希望者が研修できる施設、陶芸研修館があり、穴窯、登り窯、重油窯等も設置している。そして、内外の有名作家を招き、講演、実演、そのほか様々な企画が行われている。4年前にはトシコ、タカエズ氏の、昨年4月にはピーター、ボーコス氏、ピーター、カラス氏、金子潤氏のワークショップが行われ、9月にはピーター、カラス氏が再来日しボーコス氏の作品を穴窯で焼いている。このようにして、信楽も国際化の波の中で、各作家が各々の求めるところを追って、日夜作家活動を続けている。

滋賀県立陶芸の森

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